海外生活は孤独との戦い

海外生活

本日は少しセンシティブな話題(かも)です。

 

この前こんな記事を書いたんですが▼

オーストラリア生活4年目が経過。今思うこと
4年前のまさに今日、オーストラリアに降り立ち、新しい生活を始めました。 そこから年に一度の頻度で日本には一時帰国をしていますがすべてホリデーとして。 生活のベースはオーストラリアです。 ここでヨガを学び...

この記事のフィードバックを幾つかもらって、「海外生活いいなあ」「羨ましい」「行きたくなった」とか素敵なお言葉をかけてもらって、海外生活ってやたらいいイメージがついてるんではないかなと思い。

確かに海外生活って言葉一つだけを見ると、なんかキラキラしてたり素敵な生活を送ってるって思われがちなんですが(自分も最初は思ってた)、実際そうでもないしなんなら泥臭く生きてますよっていうことを今日は書いていきたいと思います。

 

 

#海外生活#国際恋愛とかのハッシュタグを見ると
自慢してんの?
日本に馴染めなかったから海外に逃げたんでしょ とか
日本で彼氏できなかった負け組 とか

まあ他のポジティブな意見も含めて海外生活者ならいろいろ言われることがあると思うんですが
実際問題海外生活ってなかなかの孤独との戦いなんですよね。

正直日本でいう負け組勝ち組とか、そんなことにかまってられない、生き抜くのに精一杯なのが海外生活のもう一つの一面なんです。(別に死ぬ思いをしたとかじゃないよ)

 

 

まずは言葉の壁が必ずある。

その時点で本当に苦しいんですよね。
大人になってまで言葉がわからない、分かってもらえないってこんなに苦しいことない。

何年か苦労して習得した言葉だって、ある程度のアクセントは隠せないし(これは個性だから隠す必要もないと思うけど)、
まだまだ知らない言葉がある中ネイティブと話してると母国語のようにはスムーズに伝えれなかったり、理解に時間がかかったりと悔しい思いをすることがある。

 

顔がなんせアジア人なんだから一言も話さずして「外国人」ってレッテルを貼られることもしばしば。

オーストラリアって多民族国家で実際周りを見渡してもいろんな人種がいるなって思うのに、そんな国にもかかわらず、話す前から外見で判断して「どこから来たの?」って聞かれることも多々。

その度に「何でどっかから来た前提なんだ」っていらっとしてしまう時があるのは私だけかな?笑(実際どっか違う国から来てるんだけどね)

 

 

というのも、私はこの国オーストラリアでは「外国人」なわけだし、私の母国は日本語なんだけども、
両親が他国出身で生まれも育ちもオーストラリアです、英語が私の母国語で両親の母国語は話せませんって人も多い。

でも見た目が白人じゃないだけで「外国人」ってジャッジされた人、なんなら差別を受けた人って言い表せないつらさがあるんだと思う。

 

 

と、話が少しずれましたがこんな風にある程度の年数海外に住んでいたとしても結局のところ私は「外国人、部外者」であって、いつまでたっても真の底から馴染むということはないんだと思う。

こんなことは日本人として生まれ育った日本に住み続けるとまずありえないよね。

 

 

 

国際恋愛・国際結婚にしては言葉の壁+文化の違いを乗り越えないといけない。
乗り越えるって言ってもお互いの文化を完全に理解して受け入れるってことではない。
だってそんなのかなりのハードルの高さ。

2つの言語・文化の違いを楽しめる関係って素敵だね、なんて綺麗事では続かない。
友達ならその程度で済むけどね。

 

例えば日本人である私たちはお箸を使うのが当たり前であって、その中にもたくさんのルールがある。

お箸をご飯にささない、とか箸渡しをしないとか日本人の中では当たり前なのに非日本人からするとそれが当たり前どころかそれがなぜダメなのかの感覚がわからなくて「なぜ?」が来る。

仮に同じアジア人でも違うルールがあってなんなら当たり前が正反対だったりとか。それを一から説明しないといけない。

で、説明できる根拠があったり知識があるとまだいいんだけど、ただの文化でただの私たちの中での「当たり前」だった場合、すべてを説明できるとは限らない。

 

日本人同士だとこんなので悩むことはそもそもない。

家に入ると靴を脱ぐのが当たり前だし、お米を毎日食べて、初めましての人は手を握らず会釈をする。

鼻を公共の場でかむのはちょっとしたマナー違反だし、自分の意見を言うのは美徳とされていないし、お風呂は基本夜に入るものっていう感覚がわざわざ説明しなくてもベースとしてある。

 

そんな「当たり前の違い」とほぼ毎日戦わないといけないのが国際恋愛・結婚。

こういった小さく思える、でも実際はものすごい高い壁を乗り越えれたカップルが結婚まで行くんだと思う。

たいがいはやっぱり難しくて、わかりあえなくてお別れしてしまうケースがたくさん。

 

 

 

そしてせっかく出会った人たちは母国に帰ってしまって、残ったのは自分だけってパターンも特に最初の方は多いと思います。

ある程度の年数を重ねてくるとネイティブの友達ができたり、永住者の友達ができたりもするんだけど最初はそんなに簡単ではない。
結構これがつらい。

 

私はこれが原因で一時期どん底気分味わいました。

元パートナーとの別れも同じ時期だったり、自分の目的を失ってたりしていろんなことが重なってっていうのもあるけど、なんせつらいときに気軽に話せる人が近くにいないってのは精神的ダメージが何倍にも膨れ上がる。

 

日本にいる家族や友達に電話で話すことで気がラクになることももちろんあるけど、海外生活っていう経験をしてない人に話すと通じないことも多くて、そういう人がいないと本当に話せる人っていなくなる。

 

私は幸い、姉や仲のいい友達が海外生活経験者だったから話せたけど、みんながみんなそんな風に恵まれているわけでもない。
そういった孤独を味わうことも多い。

 

 

***

 

 

と、柄になくなんだかネガティブっぽいことを書いてしまったんだけど、全部シンプルに事実で、海外生活ってみんなが思うほどキラキラしたもんではないんですよっていうことです。

この他にも、永住権を持ってない限り常に向き合っていかないといけない一番ネックなビザ問題とかもあって気は抜けない。

 

 

もちろんいいこともたっくさんあるから、日本人だけでなくどの国の人も自分の生まれ育った国を出て海外生活を経験すべきだと思う。

そしてこういったキラキラとは程遠い、泥臭い経験をネガティブと捉えるか、挑戦や自己の成長のツールと捉えるかは自分次第。

個人的な意見としてはネガティブとして捉えてしまった人たちは日本に泣く泣く帰るか(目標や意志を持って帰国する人は別)、残っても日本人コミュニティの中だけで暮らして文句しか言わない人(なんなら日本人逆いびり)になるんだと思う。

 

 

 

なかなか今日は過激的なこと書いたかもしれないなあ。
でもこれが事実だからね。

 

私はまだまだ海外生活歴4年。
めちゃくちゃ長いわけではないけど来たばっかりでもないし、なんとも言えない年数だけどキラキラっぽかったり泥臭かったりの両方を経験してきたつもり。

これから感じ方とかも変わってくるんだろうけど、今感じる備忘記として。

同士である海外生活者のみんな、頑張って戦っていこうね!
これから海外に住む予定のみんな、つらいこともあるけど楽しんで生き抜こう!

 

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